羽生善治とは?
将棋棋士。
史上初の七冠、永世七冠の称号保持者。
国民栄誉賞を将棋界で初めて受賞。
羽生善治 スペシャルセッション:AIと人間の違いについて
※羽生善治さんの公演を聞く機会があり、こちらに記載させて頂きます。記憶に基づくものなので若干内容に違いがあると思いますのでご了承ください。
羽生善治
初めに、『AIと人間で最も違う部分はどこか?』ということを考えると、『モチベーション』という要素がもっとも大きいと思います。
例えばスポーツの世界で言うと、がちがちに緊張している状態とリラックスしている状態では、圧倒的にリラックスしている状態のほうが良い成果が出ることが多いんですね。
人間というのはプレッシャーを感じる生き物です。
『プレッシャー』という言葉を聞くと大半の人はネガティブにとらえるかもしれません。
例えば走高跳びをするときに、自分の最高記録が1m70㎝の人が、1m75㎝くらいのバーを前にすると、緊張します。
飛べるかもしれないし、飛べないかもしれないからです。
逆に2mのバーを目の前にしても緊張することは少ない。
飛べないとわかっているからですね。
このようにプレッシャーを感じること自体は良いことだと思うんですね。
良くないプレッシャーがあるとすれば、やる気がない状態のこと。
プレッシャーがある=やる気はあるということともとらえられるんですね。
人間は「あと少し」「もう一歩」、ここを追い続けてくることによって成長することができると思っています。
知り合いの編集者の話を聞く機会がありましたが、「毎回締め切りぎりぎりにならないと書いてくれない作家さんがいる」という話をよく聞くんです。
時間がないわけではないときも必ずぎりぎりに書いてくると。
逃れることのできない環境にて本領を発揮するということはあると思うんですね。
我々も練習のときから常々全局本気で打っているつもりですが、公式戦で打つとそこで見えてくる手というのもやはりあるんですね。
羽生善治 スペシャルセッション:AIの登場
AIが台頭してきたのはここ60年程度。
60年というのは決して長い歴史ではないと思うんですね。
1997年にIBMが作った人工知能:ディープブルーとチェス世界チャンピオン:カスパロフが対戦しました。
そのときはじめてAIが人間のチャンピオンに勝ちました。
AIはどういう仕組みで戦っているか?というのは大きく分けて2つに分かれます。
1つ目は「データ力」
2つ目は「エンドゲームのデータベース」
近代はハードウェアの力が急成長していることもあり、今のAIは1秒で2億局面の手を読み込むことができます。
そのうえで、AIは盤面ごとに、この手は+30点、この手は-40点、この手は+100点、、、みたいな評価をして、最も点数が高い手を選択してきます。
それに対して人間は80通りくらいを平均で思い浮かべ、そこから2手3手に絞って考えていきます。
また昔は「評価基準」というのも明確ではなかった。
特に将棋でいうと、チェスと違い、盤面に奪った駒が戻ってくる可能性があります。
そのため同じ局面をAIに読み込ませたとしても、自分の手番か、相手の手番か?これだけでも違いますし、持ち駒が多いほうが強い、というわけでもありません。
この評価関数の成長がAIを強くしているという部分も大きく占めています。
またもう一つ急成長を遂げた理由は画像認識の技術があがったことですね。
写真で全体像を把握し、その全体像から局面を判断する力も伸びてきました。
本来は囲碁のAIが人間に勝つのはもっと先だと言われていたんですが、AIの「アルファ碁」がプロ棋士に勝ったというのも画像認識の力が上がった影響が大きいんですね。
このときの業界の衝撃の大きさは、皆さんが受けた以上の驚きだったのは覚えています。
AIは過去の対局を3000万局ほど学習しています。
人間は生涯打てても10万局程度ですね。
しかもそのAI同士で対戦させてさらに学習を重ねるので、成長速度は本当に日進月歩という表現が正しいです。
1年たつと1年前の旧バージョンのAIに7~8割勝ちます。
人間だとあり得ないことですね。
これにもやはり加速して成長する理由があります。
このプログラムはオープンソースと言ってインターネット上で無料で公開されています。
そのため新しい企業でも非常に参入しやすい点があります。
『そんなのたまったもんじゃない』と思われる人もいるとおもいますが、人間の棋士自体にも恩恵があります。
棋士自体もそれを観ることができるので、分析研究することができます。
また、先程AIは盤面ごとに評価をすると言いました。
AIと人間の違う点は、勝負の流れを読むかどうか、ということです。
例えば人間ならば、打ち方に一貫性があります。
強気の攻めの姿勢に出るタイプ、専守防衛タイプなど。
ソフトには一貫性はなく、ただひたすら評価点の高い最善の手を打ってきます。
人間がその手を観ると美意識的観点から「よくない」手と判断し、敬遠していたり、見落としていた手もAIが見つけてくれる場合もあります。
逆にAIは場面での最善手を打ち続けるので、
-30点 -30点 +300点
みたいな場面があったとしても、
+80点 +80点 +90点
というような進み方しかしないため、+300点の手は生み出しにくかったりもします。
羽生善治 スペシャルセッション:AIと人間の将来
私の知人で白石 康次郎という、世界一周をヨットでしているひとがいます。
最近のヨットはGPS機能もすごく、ヨットの進路もそれに従って決めることが多いらしいです。
朝起きた日に、「今日はいける」と思った日は、その直感を信じる。
逆に「調子が悪いな」と感じる日はGPSのルートをそのままいくことが多いそうです。
人間の野性的なカンとAIの恩恵をうまく使い分けている例ですね。
AIは確かに精度はいいんですが、決して完璧な存在ではない。
最適化できるというAIの、人間より優れた部分を恩恵としてもらいながら、AIを使って何をするのか?が大事だと思います。
例えば、ミュージカルの脚本をAIが書いても、ほとんどの観客は違和感を感じずに見ることができるくらい、今はAIの能力が進んでいます。
ただ、俳句を書くようなAIは作りません。
桜を見てAIが俳句を詠んでも、だれにも需要がないからですね。
人間が生み出すことに意味があるものには不向き、ということもあります。
羽生善治 スペシャルセッション:人間の最も優れている能力
人間は学習と推論を重ねることができます。
物事の「抽象化」ができるのが最もAIと違う点だといえます。
人間は少ない学習で、たとえばドローンの映像を見るとドローンと認識できます。
幼児や年寄りかかわりなく、です。
ただし、AIにドローンを認識させようとするとそうはいかない。
10万枚くらいの情報を読ませ、初めてドローンとドローン以外を認識できるようになる。
こういうように世の中に新しいものができたときに、この物体は模型なのか、おもちゃなのか、飛行機なのか、ラジコンなのか、ということが判断できません。
天才バカボンに出てくるウナギイヌを観ても、子供たちはウナギと犬の中間の生き物と判断できますが、AIにはそれができません。
量を突き抜ける作業はAIにやってもらい、人間はより創造性の高い仕事ができるようになる。
羽生善治 スペシャルセッション:人間の最も優れている能力
棋士が存在する意味のひとつとして、質でAIに勝つしかないと思っています。
面白い、楽しいとファンの方が感じてくれる勝負を追及していきたいですね。
AIは便利なもの、ツールではあるものです。しかし完璧ではない。
ツールだけ使っていても、どういう弊害が起きているかはわからない。
使っている人が創造していく。
今はよく先が見えづらい時代だと表現されます。
しかし、私はどの時代に生きている人にとってもそうであったんではないかと思っています。
(※CRM FORUM 2019 羽生善治 スペシャルセッションより)
聞いていて思ったことは、60年という歴史が短い、と表現するあたりが将棋界を背負って立つプロらしい発言だな、と。
AIは完璧ではない。
それって人間と似ている部分ですよね。
人間がかなわない部分はAIに頼り、抽象化していくことが人間の優れた部分。
ぽつぽつとふる水を見て、雨と表現したり。
感情を詠い、詩を作る。
すべてがAIに変わっていくわけもなく、共存できる社会は間違いなく来るのではないか、と思いました。