上田城、”日本一の兵”と言われた真田家の居城@長野

上田城、”日本一の兵”と言われた真田家の居城@長野

上田城/真田家

上田城へ行ってきました。

こちらは真田家が有名な城主ですね。

私が行った時期が大河ドラマ「真田丸」が放送されていたときなので、結構人もいました。

武田信玄の家臣。

こんな人にオススメ

  • 戦国時代に興味がある人
  • 城を見て情景を楽しみたい人
  • 子供連れ

真田幸村(真田信繁)とは

日の本一の兵といわしめた。「徳川家康」を何度も追い詰めた。ミスター戦国無双のような人物で、よくゲームでも取り扱われる人。

戦場で「赤い鎧」を着るというのはかなり無謀なことで、

当然目立つため、戦場でも狙われやすくなります。

もともとは武田家家臣飯富虎昌、山県昌景が率いていた赤い鎧部隊 赤備え。

この部隊が非常に強かったため、「赤備え=最強部隊」というイメージがついた。

赤備えに何度も苦戦を強いられた徳川家康は

武田家を滅ぼした後に、自軍に「井伊の赤備え」として召抱えるほど。(井伊家は大河ドラマ「女城主直虎の井伊家と同じです)

真田幸村は大阪夏の陣で、徳川家康に特攻するときにこの赤鎧を着て部隊を編成したため、

徳川家康は親子二代に渡って、苦しめられ続けた。

真田昌幸(幸村の父親)とは

武田信玄の家臣。

武田二十四将の一人。

家康キラー。家康は昌幸が死んだという報せを受けた際に、「親のほうか?子のほうか?」と聞く程、真田家を警戒していたとのこと。

関が原では、家康の三男・徳川秀忠が率いる約38,000の部隊が9月6日(10月12日)には上田城攻略を開始し、昌幸はたった2,000の兵力で篭城して迎え撃った(第二次上田合戦)

徳川家が計算していた援軍の到着を遅らせるなど とことん徳川家康を苦しめた人物。

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