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サーカスの歴史

  • 2018年2月12日
  • 2018年8月20日
  • コラム
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元々は古代エジプトの壁画にも

ジャグリングをしている様子などは壁画にも描かれている。

元々は剣闘士の鍛錬などで曲芸のようなものが行われていたとされている。

 

Circus(サーカス)は円形の劇場で行われることから由来している。

円形競技場:キルクスからきているという説もあり。

近代サーカス

近代サーカスはフィリップ・アストリーという軍人が馬に乗って、曲芸を行ったというものからといわれている。

イギリス人が現代サーカスの形を作ったとされている。

宮廷道化師というのも、王を楽しませる役として、

犬と同じ扱いでではあるものの、「馬鹿」や「お調子者」といったものが、

失礼なことを言ってもいいという風潮が出始めています。

これがいわゆるピエロですね。

日本では

日本でも明治時代ごろから馬上での曲芸が出てきている。

その後、アメリカ、フランス、イタリアなどの同様の西洋曲馬(=後のサーカス)が見世物として、日本に着て、人気を博す。戦争の影響もあり、このころのサーカス人気はまた下火に。

戦後

1953年に地上最大のショーというアメリカ映画が放映され、リングリングサーカスが世に知られます。

映画のグレイテストショーマンですね。

 

その後、ソ連のボリショイサーカスが来日。

このころからサーカス人気が加速されたといわれています。

 

特にピエロ、道化師というものが姿形は時代により移り変わっていますが、

特にアイドルのような声援を浴びるようなものにはなっていないのは昔から同様です。

 

どこかもの悲しく、不気味な格好をしているにも関わらず、昔から人の心を魅了してきた存在。

 

特に、移動サーカスの特徴ですが、家族がいるメンバー、特にサーカス団員の子供はずっと小さいころから訓練に明け暮れ、さらに各地を転々としているため友達もろくにできないでしょう。

そういった人たちが我々に笑顔を届けてくれている、というところが私が最もサーカスが好きな理由かもしれません。

 

現在の日本サーカス

昔は日本でもサーカス団は20チーム程ありました。

しかし、現状は日本でサーカス団は3つ程度になっています。

 

各地域での集客を考えると2ヵ月程度で飽和してしまうため、年に5回程度は移動を行い、その分引っ越しも行います。

 

そのたびにサーカス団員は引っ越しを行ってます。

仮設のトレーラーハウスに住むことが多いとのことで、その子供たちはそのたびに学校も転向します。

 

ハッピードリームサーカスの公演にも出ている小学6年生のパフォーマーは15回転向をしているそうです。

また、そのため兄弟の全員が出身地が違う、ということも少なくありません。

 

日本で活動している主なサーカス団

ポップサーカス

木下大サーカス

ハッピードリームサーカス

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